三の宮の巻

三宮の繁昌は云ふまでもなく地の利を占めてゐるからです。波止場には近いし、外人居留街は目と鼻と云った工合、そして阪神電車の終点が二丁と離れない所にあるのですから、勢ひ人の足が密集します。新開地が出来るまでは神戸第一の盛り場であったし、現在でも三宮と云へば世界的に有名なところ、トア・ロードの秘境と云へば外国マドロスたちさへみんな知ってゐる程の歓楽郷です。

こゝの淫売窟は前に述べたので省略しますが、白人娼婦をかこって堂々と営業してゐる。「ナンバー・ワン」だけは是非諸君に御知らせする義務があると思ひます。

以前には追放問題まで捲き起した此の家は、どんな因果関係があるのか知りませんが、今日ではネオン・サインまでかゝげて悠々と神戸っ児のドギモを抜いてゐるのだから愉快ではありませんか。

場所は三宮二丁目、鉄道線路側のうすぎたない倉庫の立ち並んだ間に、ポツンと一軒立ってゐる怪しげな三階建の洋館がそれです。

外見はあまりパツとしないが、内部はなかヽどうして、本牧などのホテルみたいに、すべてがチャンと整ってゐます、

然るにです。諸君、もし諸君がその劣情を充たす為にこの家の門をくゞつたら、必ずや諸君は失望するでありませう。

いよいよといふ所までのサービスはしてくれるが、最後になると必ず日本人は突放ねられて了ひま す。なかにはひどい奴があつて、枕金だけせしめると、潜々と涙を流しながら悲しい身の上話しをはじめだして

「あなた妾しと一緒に死んでくれない?」

とブローニングか何かの十二連発を喉喉の先にぐつと突きつけます。

この家に限らず毛唐の淫売婦は、よくこれに類した芸当を演じますから充分注意して金を使はないと飛んでもない目に合はされます。

それから、三宮附近で逸してならないことはダンス・ホールだ。なにしろ居留地一帯は殆んどサラリーマンの巣窟で、東京で云へば丸ノ内と云つた感じ、おまけに外人が多いからダンス・ホールが三宮を中心に密集するのも無理はありません。

浪花町にキヤピトール、京町にエムパイヤ、三宮にソシアル・ダンス・ホールがあります。日本娘と眼玉の蒼い外人とがいとも晴やかに軽いお尻を動かして踊り狂ふ状景は、東京の不良モガたちには確 かに羨望の的になるでせう。

そもそも神戸にダンス・ホールが許可されたのは、外人が多いからといふ理由がその主なるものですから、京都、大阪に手きびしいダンアツがあつてからといふもの、エロエロ・ダンサーが雲を霞と神戸の土地に押かけて来ました。

だから舞踊研究所の多いのも京阪神では神戸がダンゼン優勢で、中にはずゐぶんインチキな教授所もあります。而も、それがインチキであることを知つてゐてわざヽ出かけて行くマドモワゼルがゐるのだから、何と世の中つてものはありがたいではありませんか。

××ロードを上つて行くと右側に××舞踊教授所といふのがあります。

これなどはインチキ舞踊教授の代表的なもので、ダンスの練習場になつてゐる八畳の次が畳半位の洋室だ。而もそれが二部屋続いてチャンとダブルベッドが備へてある。

一方が赤い部屋で、一方が黄色い部屋、各部屋の中央にはカーテンがぶら下つて、ベッドはその両側に一つづゝ合計四つのベッドが備へつけられてあるから愉快でせう。

ではかうした個人教授の舞踊所にはどんな女が来るのだらう。云ふまでもなくインチキ教授がそち こちのダンス・ホールに出かけて行つて、これはと思ふ女を引つこぬいて来るのです。

三宮あたりには、堂々たる大ホールを経営してゐる家にさへ秘密室があつたと云ふ位ですから、個人教授でこれ位の芸当を演ずるのは神戸ではさ程珍らしい事件でもありません。

舞踊教授と看板を出してゐる癖に紹介状が要るのも変なものですが、最初の人には尠くとも十日間位ひは絶対に秘密室を見せないし、対手の素情を見極めてから、始めてそんないゝ場所があることを 知らせるのです。全く神戸の人間は度胸がいゝ。神戸の人間は頭がすゝんでゐます。

そんなわけで、警察でもインチキ教授所のブラック・リストを作製し、そんな教師が公開のダンス・ホールなどに出入してゐるのを発見すると直ちに場外につまみ出して了ふといふことです。が、それ にしても、外人の多い都会は何と恵まれてゐるではありませんか。外人様々である。

さて、それではカフェーはどこがよからう。先づ三宮ではキャバレー孔雀をイの一番に御紹介します。生田筋の鉄道踏切下、あの堂々たる宏壮な構へがそれです。だいたい、神戸には名前だけは堂々 たるカフェーやバーが多いが、行つてみると「なあンだ、これか」といふやうなのが多いのです。

その点キャバレー孔雀などたしかに威張るだけの価値がありませう。階下にはジャズの洪水が渦巻き、二階は高級酒場として情味たつぷりな神戸ガールのウルトラ・サービス。三階が家族席てな工合 でネ。尤も、家族席なんて必ずしも夫婦づれを意味する必要はありません。

女給も二十人以上ゐれば神戸としては多い方です。××会館なんて、ベラ棒にでかいカフェーと思はれる家にたつた四五人しか女給がゐなかつたりするんですからネ。

序にモンパリーヘも寄つて御覧なさい。こゝの御主人はもと東亜キネマの監督かなにかやつてゐたといふので、店の構へも映画式なら、女給のサービスも映画式、おまけに映画のスター連が始終出入 するといふので、わざわざ俳優のお顔拝見と出かけるファンも相当ゐるといふことです。

その他、花園、ボート、青空なんてのがありますよ。