神戸のバラケツ

バラケツとは不良青少年のことである。

バラケツに軟派と硬派との別あることは諸君が万々御承知の如く、色と喧嘩の二派である。

バラケツにもいろいろあるが、色街のお抱へ用心棒が最も幅を利かす。神戸といふ所は妙な所で、一流のカフェーと見做されてゐる家でも、チャンとお抱へのバラケツがゐるし、ひどいのになると店 のスタンドヘバラケツの兄い株を立たせてゐる家さへある。

そしてもつと面白いことは、湊川新開地附近を根城にしてゐるバラケツと、三宮附近のバラケツは鋭く対立てしゐて、時たまカツェーの中で東西のバラケツが乱闘する。

年齢も二十歳位のバラケツがざらにゐるのだからおかしな所だ。

古株の下には若手のバラケツがゐて、新開地あたりでよく喧嘩を売りつけて酒代をせしめる。生意 気な女給がゐるとそこのカフェーをいぢめぬく。

喧嘩を売りつける奴に、往来の頻繁なところで、自分より弱さうで金のあると睨んだ男に、いきなり体をぶつつけて

「やいこら、お前なんの意恨があつて俺(わい)の体にぶつつかりやあがるねン、おかしなことをさらしくさるとカンカンといつてまうぞ。」

カンカンといつてまふぞといふのは、ポカーンと張り倒すぞといふことなのだ。

タンカがきれいなので一寸どぎまぎするが、下手に出ると際限なくつけ上つて来ること昔の街角稼ぎの雲助のやうだ。

「なんでもえゝさかい、そこの暗いとこまで一寸おいで、文句があるんならそこで聴かうやないか」

と、刑事に見つけられないやうに早いとこ路次の暗がりへ引張りこんで、一パイありつくまでは舌縺れのタンカを止めないのである。

又、女給が少しでも不埒な態度を見せるとその翌日から仲間を多勢つれて無言の逆襲を試みる。つまりコーヒー一杯で店の席を全部占領して了つて三時間でも四時間でも動かないのである。いちばん忙しい時間を狙つてこいつを四五日つゞけるとたいていのカフェーで参つて了ふ。

さうした事件が非常に多いために、経営者の方でもつい土地のバラケツ利用するやうになつて、バラケツの兄い株となると酒は無料でのめる、女給はなびくと云つたわけで、数年前の女給は必ずバラケツを情夫にもつてゐた時代さへあつた。

東京の不良は手が早いが、神戸のバラケツはタンカを切るのがながい。

「わいを誰だか知つてるか。かう見えてもこれでちよつと凄いのやぞ。短刀やピストルには驚ろけあへんよつて、文句があるなら云ふて見ろい。指の三木や腕の一木位ちつとも惜くはないのやさかい、やるつもりならなんなりともつて来い!」

と言つた風な調子で、お互ひにぶん擲り合ふまでには支那の外交官みたいに暇がかゝる。

然し、その癖、一人では決して強い口は利かない。

もう二三年前のことであるが、東京の不良学生が新開地の真中で神戸のバラケツにタンカを切られ た。懐手をしていまにも短刀か何かを掴み出しさうな形勢である。

「いつたいお前らどこの馬の骨や?うだうだぬかすとこれやぞ。」

と反り返るやうにして懐をふくらませたものである。

東京の不良はニヤリと笑つた。

「チエツ!ふざけやあがるない。短刀やピストルが恐くて街の真中が歩けるかい。人を見てものを言やあがれ、この間抜け野郎!東京ハート団の木村とは俺のことだ。」

勿論これは出鱈目であつた。にも拘はらずそれまで強さうにしてゐた神戸のバラタケは

「いやあ、あんたはんがハート団の木村はんだつか。名前によう聴いとりまひてン。いやこれは、これは……」

と言つて大盤振舞をしたといふ話しである。