大阪の空はいつ見ても暗い。なにしろあの無数の煙突から吐き出される煤煙が、どんよりと重くのしかゝつてろるのだから耐らないやネ。ものゝ一週間もゐると、何だか鼻の穴まで黒くなつて来るやうな気がする。
よろしい。今日は郊外へ出て清浄な空気を胸一ぱい吸つて来よう。
それに、甚だ嬉しいことには、カフェー美人座のA子が僕と同伴する約束である。
ヤケ糞の悪いお方もあらうが、そんなことは僕は知らん。癪に障れば交番へなりと、郵便局へなりとお訴へになるがよろしい。
僕と彼女は今日一日だけ一緒に郊外散歩することを約束したのである。
お金が天下の廻りものなら、女だつて天下の廻り者である。ぐずヽ云はないで順番をお待ちになつたがお為であらう、但し、待ちボケを喰はされたからとて、僕ん所へ捻ぢこまれても馬の耳に風である。
春の郊外散歩、悪くないネ。
午前十時までに梅田駅の一二等待合室で待合はす筈にも拘はらず、九時すぎまで朝寝坊をした僕はズボンのボタンを二つ嵌め外して飛び出して了つた。
円タクを拾つてサツと飛び乗ったまではよかつたが、ポケツトに手を突込むと肝じんの紙入を忘れている。癪に障つたのでポカンと自分の頭を一つ擲つてみたが、擲つてみたところで忘れたものは忘 れたのである。
そこで、着物の裾に火が移つたやうなアワテ方をして、紙入を取りに後戻りをし、再び自動車に乗つた時は十時までに後僅か五分。
こんな時の自動車のノロさ加減つたらないネ。こんなものが文明の利器かと思ふと全くブチ壊して了ひたくなる。
おまけに何といふ邪魔くさい十字街であらう。ゴーだとかストツプだとか。人さへ轢き殺さなければどうでもよさそうなものだが、さればと云つてハロルド・ロイドが自動車を運転するやうなわけにも行かない。
駅前でピタリと止まると、時計は既に十時十分すぎである。
「A子はどんなに怒つているだらう。もしプンプン怒つて帰つてるたらどうしやう。苦辛に苦辛を重ねて獲得した一日のラブがふいになる。もしそんなことにでもなると、日本が満洲を支那に返還するのと同じやうな犠性である。」
てな工合に、あれこれと考へ乍ら待合室に飛び込んだ。
前後左右をグルグルツと急速度に二三回ほど見廻したが彼女の姿は見えない。
実に、奈落の底に墜ちるやうな失望である。仕方がないからポカンとして煙草を燻らしてみる。右にも左にもポカンとしている奴が多い。
空想は八方に乱れて散る。
「彼女の時計が間違つていたかナ。」
「たしかに十時かつきりと云つた筈だ。」
「腹でも痛み出したのではないか。」
「まさか約束を無視したわけではあるまい。」
「それともペテンにかゝつたかナ。」
こんなことを十ぺん位つゝ繰返してゐると、漸く三分程時間がすぎた。
同じ三分間でもダンスの三分間とはまるでその長さが違ふやうな気がする。
耐らなくなつて駅の入口まで出てみた。
来た来た。まさしく彼女である。紫縞の小紋錦紗に薄バラ色の帯、春の粉装(いでたち)は見るからにして軽く腰のふくらんだのがとてもうれしい。
あまりいゝ気持になつたので、すんでのことに前につんのめらうとしたが、これ位のことでひつくり返つたとあつては僕たるもの台なしである。
「いや待て待て、甘く見られちやいかん。」
と、僕は彼女の方で気がつかない間にサツと身を隠して、行きたくもない便所の方へ消えたのである。
引返してみると、彼女も僕と同じやうにグルグルツと二三度見廻したらしい。さぞ、いらヽしたことであらう。ザマア見やあがれと云った風な気持で悠然と這入つて行く。
断はつてをくが、こんな場合に決して嬉しさうな顔をしたり、あはてゝ対手に抱きつくやうなヘマな真似は僕は決してやらない。
「アラまあ、どないしやはつたの。妾えもう来やはらないのかと思うてまひたわ。」
といふまで黙つてゐるのである。その時に至ってはじめて、
「ずいぶんお待ちになりましたか。いや失敬!」
とちよつと顎をしやくるやうにしてふんぞり返るのである。
かういふ所が若いニキビ面の青年には真似の出来ないところですな。恋する者が忘れてならぬ大切なコツだから充分心得てをいてよからう。
かくして有金全部、紙入ぐるみを女に渡して了ふのである。然し、実際は三分の二ほどで別にチャンとしまつてをくことを忘れてはいけない。
「これみんな使ふてもかめえしまへんか。」
などゝ云はれたら、それこそ飛んでもない災難だし、あれこれとネダられでもしやうものなら、一
日の享楽代にしては頗る割が悪い。
兎に角僕たちは宝塚ゆき電車の方へ足を運んだ。すると僕たちは、いや僕自身は甚だ不愉快な出来ごとにぶつかつたのである。
どこの馬の骨だか牛の骨だか知れないが、いやしくも吾輩のいとしきマダムの如く装つてるるA子に対して
「おいAちやん、どこえいくのや。バカにしやりしやりしてるやないか。フン、うまくやつてけつかるな。」
と、横合から飛び出して不埒千万な暴言を吐いた奴がある。
体裁の悪いことまさに百パーセントだ。これが昔なら、一刀両断のもとに蓮切にしてくれるところだが、僕は只慨然として生唾を呑んだにすぎない。なぜなれば、僕の腕力を以つてしては到底彼を擲り飛ばすことなど出来さうもなかつたから。
「あのうちよつと……」
とA子は只それだけ答へて恥しさうに俯向いた。
彼女の表愉によれば、彼の不埒なる男といふのは、僕よりずつと順番の早い果報者であつたに違ひない。
幸ひその男は僕たちと反対の方向に行つたからいゝやうなものゝ、僕はたつた一日の神聖なラブがいかにつまらないもので、惨めであるかをまざまざと体験した。
「あの男はあれ何でスウ。」
電車に乗つて僕はそつと訊ねてみた。
「あの人わてえのちよつと知つとる方……」
ちよつとではなくて、以前からよく知つてゐるのに違ひない。
だが僕はそれきり黙つてゐた。石の如くに黙つてゐた。電車は満員寿司詰めである。
図々しい奴が僕たちの僅かな隙を狙って腰をかけやうとしたから、僕はいち早く彼女にピタリと喰附いて「俺のものだぞ」といふやうな顔を見せてやつた。それでも、彼女の前に立ちはだがつたヘナ
チョコ野郎は、わざと膝頭をA子の脚に摺りつけてゐる。図太い奴だ。春とは雖、陽光うらゝかに丈けて早や初夏に辺い季節である。
衣服を通して犇々と迫る女の甘い体温は、悩ましい香りと共に僕の額を汗ばます。
坦々たる平原には胡蝶が群れ飛び、遥かなる森かげには赭いパラソルが散見する。
武庫の清流のさゝやかなる水音、浮き立つやうな楽の音がいづくからともなく流れくると思ふ間もあらず、僕と彼女は遂に宝塚の街に着いたのである。
大都市郊外の歓楽郷として、宝塚のやうに理想的な場所は全国を通じて稀である。
周囲は山紫水明の美を誇り、街の中央には宝塚温泉を囲む芸術の殿堂、而も、まさに成熟期に入らんとする数百の美少女が、その優艶無比なる純白の皮膚を五色照明に哂して乱舞するさまは、さながら地上の楽園である。宝塚の少女歌劇―この美しい乙姫たちは実に幾千幾万の青年の血を沸騰せしめつゝあるのではないか。単に青年のみではない。今日では幾多のモダン・ヂーサンまでがヅカ党のファンとして宝塚通ひをやつてゐるか知れない。一夜づくりのエロエロ・レヴユウとちがつて、こゝの乙姫たちは禁断の木の実とされてるる。
摘みとることの出来ない花。
フアンのくやしがることひと通りではない。手紙でも駄目、プレゼントでも駄目、ハテ如何したらよからうかと、死ぬほど気を揉んでる若い男がどれ位あるだらう。
あれで、内部にはいつもいろんなことがあると聴いてゐるが、最も美しき芸術の殿堂の面目のために、あまり立ち入ったセンサクをするのは遠慮しやう。
見せるための芸術である。眺めるだけの花である。宝塚の小女歌劇が女王の如く君臨してゐるのはそのためである。
僕とA子は先づ汗を流さねばならなかった。独身ものは千人風呂へ、…………………………もちろん僕たちは家族風呂へ入った。
風呂の内部のこまごましい説明などしなくてもよからう。とに角一日に幾組となくこの家族風呂に入るのである。くこの家族風呂に入るのである。
諸君のうちには既に屡々この結構なる家族風呂の恩典に浴された方もあらう。
うち側からピチッと錠を下して、濛々たる湯煙の中に浮ぶ女の姿、いかなる名工の絵画彫刻を以てしてもこれ程の感激は与へられまい。頭は氷の如く冴えて、前人未踏の原野をわたる心地である。されど高潮せる胸の鼓動はこれを如何ともし難い。
「背中を流しまほうか。」
突如、湯煙の幕を破つてA子の潤みのある声が僕の耳朶を貫く。
河中に舟を浮べて酒杯をくむ―なんて境地とはまるで比較にならん。
電車に乗る前の不快極まる印象は、今や全く胸底から去つて、蒼空に一点の曇りもなき秋の天空を見るやうである。
敢て痴人ならずともうつとりとせざるを得まい。ジャブヽと放ねる湯水の音、肩に触るゝかほそき指、しかもそれは眼前に描く一片の幻ではなくて、惻々と身に迫る実感である。
僕も亦熱餓と喜びとを罩めて彼女の首筋を洗ひ清めてやつた。
甞つて谷崎潤一郎の痴人の愛にこれと同じ場面があつたのを思ひ出す。
それから夢の如き世界を辿つて僕たちは外に出た。
A子は只俯向いて笑つてゐた。僕も亦笑つた。生温い風が疲れた頬をなぶるやうにして過ぎ去つてゆく。A子は頚筋に縺れかゝる髮の乱れが気になると見えて
「おかしくない?」と僕に訊いた。
「ううん」と僕は答えた。
オペラを見やうとする群集にまぢつて、僕たちは劇場の隅つ子に陣取つた。
恋人を連れて観劇する場合は、大きな顔をして前の方に反り返るのは馬鹿である。馬鹿と云つて悪ければ、ちと足りない人間のやることである。
観劇に隅つこの席を選ぶ人と同伴したら、男はその女を、女はその男を充分信頼して差支えない。なぜなれば、そこまで気のつく人は、隅つこにをけない代物だからである。が、歌劇は思ったよりもつまらなかつた。
尤も思つたよりつまらないのがナンセンスだから仕方がない。
暫て、屋外に出て武庫川い岸伝ひに人のゐない上流を漫歩する。
磧に腰を下してロミオとジユリェツトのやうに戯れる。
「今晩帰らなければいけないかい?」
「………………。」
「ぢやあ……………。」
女は笑つて軽く頷づく。
要求が余りに簡単に受け容れられると些さか呆気ないが、突放なされたよりはましだと思つて諦らめる。
土曜から月曜日へかけての宝塚ホテルはこれ又素晴しい繁昌である。
老紳士とマドモアゼル、スポーツマンとモダンガール、マダムと美青年と云つた連中がネ―それも遠来の客かといふと、あながちさうときまつてゐない。いや、それどころか九〇パーセントは一日に何回でも往復の出来る京阪神のお歴々である。
これで宝塚行遊記は終るが、独りで遊びに行つた方が或ひはもつと面白く遊べるかも知れない。宝塚芸妓を招いて、宝雲閤あたりで豪遊するのも気分が変つてるだけ愉快であらう。