上方名物やとな

上方特有の職業婦人にやとなといふものがゐる。芸妓の役目と娼妓の役目と兼ねてゐるが、私娼ではない。

ちゃんと公認された存在である。やとな倶楽部とか、組合といふものがあって、客の求めさへあれば飲食店だらうと、ソバ屋だらうと、出先の上下はかれこけ云はぬ。

歌沢や常盤津なと註文したって、それは註文する方が野暮であるが、俗歌や端歌の一つ二つ位は、ポツンポツンと三味の音に合はして唄ってもくれやう。

その代り花代もずつと安い。

仲居上りもゐれば、お茶引芸妓のなり下りもゐる。大きな宴会などがあって、芸妓が出揃って間に合はぬ時は、やとなでも呼んで散財しやうといふことはあり勝なことだ。

なかにはやとなでなければ承知出来ない安月給取もゐる。

拾年も仲居稼ぎをして小金も相当にあるが、遊んでゐても―といふので働いてゐる女も多い。

従って、やとなを狙ってゐる男がこれ又なかヽ尠い数ではないのである。

のろ間男や、仕事嫌ひや、バクチの好きな兄イや、やもめ暮しの魚屋の旦那と云った風にネ。

やとなと云へばどうしても総体に気品が落ちる。お尻が大きくて手足も水ぶくれみたいなのが多い、若いのが稀で殆んど爛熟期の年増である。

宵のうちは芸妓を呼んで一騒ぎ演じ、夜更けになるとやとな姐さんと何処かへ雲隠れする変り者もゐる。

盛り場にはたいてい何処にでもゐるから、関西以外の人たちは一度これに当ってみるのも何かの経験にならう。

二流三流の料理屋でも結構だから、女中に命じさへすればすぐに呼んでくれる筈。別にうるさい規則があるわけでもなく、八釜しい習慣もない

「えゝ、彼女と雲隠れする方法?」

そんな野暮な御質問は……女中にさへ頼めば、一にも金、二にも金の色町のならひ、そこはそれ―ねえ。

それとも、御土産いたゞくのが恐いやうな方は、最初から素情の知れない女など御対手にしてはいけない。

週に一回づゝ検査をやる娼妓からさへ、われわれは縷々結構なおみやげを頂戴することがあるのだから。

このやとなの出先は範囲が広くて、宴会のお手伝ひにも雇ふことが出来るし、なかなか重宝な代物である。

芸もたいして出来ないし、さればと云つて娼妓までなり下るのも気がひけるし、売笑婦になつて秘密嫁ぎは尚ほいやだといふ、凡ゆる意味に於てい日和見的傾向をもつのがやとなの特徹であらう。けれども芸妓や娼妓よりずつとお金がたまる商売ださうだから、われと思はん方々はこぞつて結婚の予約申込をすべきである。

いゝチャンスといゝ相手さへあれば、いつでも足を洗はうとしてゐるお姐さんたちが多いのだから、思ったよりも案外はかばかしく相談がまとまるかも知れぬ。

さて、以上で概略ではあるが繁華な夜の街の空気を吸つた。こんどはどんな遊びがいゝだらう。少し変った方面へ進出しやう。芸妓や娼妓ばかりでも油つこくてうんざりするからネ。