プロロオグ

モダン東京は矗々と成長した。それは破瓜期の処女がのびのびと美しく育くまれるやうに、今はもう震災でペシャンコになつた惨めな影はどこにもない。

夜の街には恋の波が渦巻き、歓楽の焔が赫々と燃える。凡ゆる華洒な装飾を施したモダン東京は、今やその体内から発散する異常な情熱で、若きプリマドンナの様に輝かしく匂ふ。或者はこれをジャズ式文化と云つて貶しつけ、或者は東京に江戸の情調が消滅したと云つて慨歎する。

然し、僕達は今そんなことに構つちやゐられない。ジャンジャン金を使つて隅から隅までの歓楽郷を彷徨せねばならぬ。

東京と云へば日本の帝都、東洋一の大都会だ。大阪が一番で人口二百四十六万だつて云ふけれど、モダン東京だつて隅つこの八十二ヶ町村を合併すれば、人口悠に四百五十万を突破する。四百五十万と云へば世界でも四番目とは下るまい。

さて、何処が東京でいちばん面白いのかと訊かれても、さうした質問にはちよつと明答が出来かねる。好きな女がこちらの意のまゝになる所がいちばん愉快なところだが、そんなことをクドクド書いてゐたら誰にぶん擲られるかも知れないから、僕の彼女(アミ)は誰も見えないところへ隠してをいて、さて諸君!

一口に歓楽郷と云つても、人には各々好き嫌びがある。

「俺はダンスなんて嫌ひだよ。脚が短くて掌に脂肪(アブラ)がでるからどうもやりにくくて……」

といふ人もあらうし、

「女郎買はまつぴら御免だね。白粉の剥けた団子面をして、朝帰りの客の肩をポンと叩く場面(シーン)は思ひ出してもゾツとするよ。」

さうかと思ふと、自分の註文した料理までムシヤヽパクつかれて、酒を呑まれて膨れ面をされておまけにチツプまで取られて、一度でバーやカフエーにコリコリして了ふ方だつてないとは限らぬ。

又一方では

「淫売婦にだけはもう絶対に手を付けぬ。二つのヨコネと淋ちやんの土産で、暮のボーナスも治療代で吹飛ばしたからネ。矢張り真面目な女でなくちや駄目だよ。甘い恋と、甘い家庭、少々ワイフに嘗められたつて、嘗められてゐるぶんには怪我はないぜ!」

と、カーンと頭の鉢を一つ喰はしてやりたいやうな意久地なしだつて、一人もないと誰が断言出来やう。

けれども、そこまで考へたら歓楽郷案内なんて迚も書けぬ。誰が振られやうと、誰が病気にならうと、筆者の胸はこれ只光風霽月である。