国会図書館デジタルコレクションのデータより。 元データは,info:ndljp/pid/1460597を参照。
去年、「談奇群書第一篇」を書いたら、これが当ってヂヤンヽ売れた。だもんだから、出版元の方から、其の続編としてサア書けヽと無理矢理に書かされたのが、今度の「日本歓楽郷案内」である。
これがも一度当ったら、竹醉君の言によれば、上海見学団を組織して、僕を其の団長に推薦してくれるさうだ。勿諭気の置けない官費旅行だから、僕たるもの食指大に動かざるを得ない。其処で、願くは今一度ドンと当れ!
何故君は、性懲りもなく、そんな物を書くのだ?なんて道徳面は廃してくれ!いや、それでもと強ひてお問ひ合せなさるのなら、前著「巴里上海」の前書を見てくれ給へ。まだ分らぬ?勝手にしやがれ!
で、そんな朴念仁はうっちやらかして置いて、簡単に本書の内容を紹介する事にする。先づ東京の歓楽郷を振り出しにして、横浜、大阪、神戸と行脚見聞した報告書なのである。
さて、其の行脚して廻つた歓楽郷だが、普通一般の芸者とか、娼妓とか云ふ所は、出来る丈簡略にした。一九三一年度のモボ逹にして見れば、吉原へ江戸軟派の研究に行くよりは、一回五円也の女附き自動車のパスを買つて、彼女のいとも近代的なサービスを受けながら隅田公園でも一周して来る方がよさゝうだから、其処は察しよく、出来る丈平凡な所は素通りして、裏の裏詐りを漁つて見た。
然し、歓楽郷案内とか、花柳界案内とか云ふ事は、今までに、新聞雑誌、単行本等て、どの位書き散らされたか分らない。それに又そうヽ奇披な珍奇な遊びと云ふものが有る筈もない。どうあがいたつて、日本の内地ではと、あつさり諦めて仕舞へば、それまでだが…………
さう又手つとり早く諦める事もあるまい。何んだつて底には底があるもので、存外見様聞様によつては、意想外の楽園を発見して、これはヽと三嘆する事もあるものだ。
果して本書が、諦君に幾許の未知の楽園を呈供するか?それは僕には分らぬ問題だ。中には本書に書いてある事なんかは、微塵も稀らしくないと云ふ凄いのも居るだらう(そうした人々には僕の方から月謝を持つて教を乞ひに行く)然し又、本書を読んで、「あゝ世は春じやなあ」と云ふ事を、しみヾと痛感する人々も多々あらう。但し、噛んて含める様な、スロー・モーションの書き方はしなかつた。僕の本を見る様な読者なら、皆相当の通人だらう。一を聞いたら、十でも百でも、知り良い丈知つて、行きたい所へ、勝手に行き給ヘ!
昭和六年四月
著者(酒井潔)